「やりたいことがない社会人」は不平等を認めてスキルを高めるべき訳

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群馬俊貴

『全ての個人が個人で稼げる時代を作りたい』をモットーに情報発信中。20歳で林家一門に弟子入りし、25歳でGReeeeNやAdoの所属事務所からスカウトされる。

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今回は森岡毅さんの著書「苦しかったときの話をしようか(ダイヤモンド社)」の書評だヨ

「選択のサイコロに気付きスキルを高めることを優先」でお馴染みの群馬俊貴です!

こんな人におすすめ!
  • 将来の夢が見つからない
  • 何を仕事にしていいか分からない
  • 一生この会社にいていいのか不安

詳しく知りたい方はサクッと読めますので、ぜひ最後までごらんくださいっ!

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不平等を認めてスキルを高める

本書の冒頭では、「クラゲになっていない?」「エスカレーターに乗っていない?」という質問から始まります。

何も考えずに生活しているとクラゲの様にフワフワ流されてしまったり、楽だからとエスカレーターに乗ってしまうと目的地まで自由が奪われてしまう。

人生の選択を自分自身で決めるためには、以下の2点が重要になります。

  • 不平等を直視する
  • スタートラインに立つ

人生は不平等である

著者の森岡さんは「人間は生まれながらにして不平等であることを認めなければならない」と述べています。

例えば、外見、遺伝、貧富など、自分の力ではどうしようもない不平等を認めた上で、スキルを高める努力をしなければなりません。

特に「知力」は格差を生みやすく、人間は鳥の様に空を飛べないけど知力で飛行機を発明したり、馬より早く走れないけど自動車を発明しました。

この様に、動物と人間でも知力の差があるように、人間と人間でも知力による格差が今後成功するための大きな要因となります。

スタートラインに立つ方法

クラゲの様にフワフワしていたり、楽だからとエスカレーターに乗っている状態では、スタートラインにすら立てていません。

スタートラインに立つ方法は以下の3点しかありません。

  • 自分の特徴を理解する
  • 特徴を磨く努力をする
  • 環境の選択

自分の懐に入っている選択のサイコロにいち早く気付き、スキルを高められる環境に飛び込んでいくことが重要です。

この本を読んだ考察&感想

本書は、森岡さんが実の娘さんに書き起こした虎巻の様な、完全にプライベートで制作した書物でした。

将来の進むべき道について悩む娘さんのために、他人に流されずに選択のサイコロを振り続けるというメッセージが込められているため、新社会人や転職、起業家におすすめの本となっています。

他人に流されない力

クラゲの様にフワフワしていたり、エスカレーターに乗るのではなく、人生は不平等であることを認めながら芯を強く自分自身で選択することが大切です。

例えば、コロナによる脱マスク問題でも、「他人がマスクをつけているから付けるしか無い」という選択をするのではなく、何故マスクをつけるのかという本質を自分で考える力が必要となります。

つまり、他人ありきの考え方ではなく、他人に流されない力を身に着けて、常に自分自身が進みたい道を選択して欲しいということです。

資本家が有利である

本書の中でも説明されていますが、日本は資本主義社会であり、資本主義経済においては資本家が最も有利な仕組みになっています。

著者の森岡さんも、USJを退社して起業するまではサラリーマン生活をしていましたが、起業後の収入はサラリーマン時代とは比べ物にならないと述べています。

森岡さんの実体験からも言えるように、「大学卒業後は大企業へ就職」というレールを疑ってみたり、自分のスキルを高めるにはどうすればいいかを考える必要があります。

この様に、世の中の常識を常に疑って、常識や他人に流されない選択のサイコロがあることにいち早く気付けるかが重要です。

まとめ

今回ご紹介した書籍
進路の悩みが消える

人生は何も考えずに思考停止してしまうと、クラゲのように他人の意見に流されてしまったり、エスカレーターに乗ってしまうと自由を失います。

自分のやりたいことを見つけるには、他人の意見に流されずに「選択のサイコロ」にいち早く気づくことが重要なのです。

不満点としては、森岡さんの娘さんに向けて書いているため、「娘さんみたいな環境じゃないと厳しくないか?」というシーンもでてきます。

しかし、森岡さんはそういった人生の不平等も直視した上で、スキルという個人財産を築いていくことも大切だと述べています。

進むべき道が分からない就活、転職、起業で悩んでいる学生や社会人の方々は、是非とも手にとって見てみてください!

最後までご覧いただき感謝ですっ!

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